リーマンショック

英語名: Lehman Shock
分類: 金融危機

リーマンショックは、2008年9月15日に米国の名門投資銀行(当時・全米第4位)であったリーマン・ブラザーズ(Lehman Brothers Holdings Inc.)が経営破綻したことにより、世界的な金融・経済危機の引き金となった出来事をいいます。これは、1930年前後に起こった世界恐慌以来の未曽有の危機を引き起こすと共に、世界的な信用収縮で企業活動にも大きな影響を及ぼしました(世界的な大企業の倒産が相次いだ)。また、金融機関の救済や景気対策などの危機対応に加え、景気悪化による税収の減少が各国の財政を大きく圧迫しました(主要国の政府債務問題の遠因にもなった)。

歴史的に見て、リーマンショックは、一企業の経営破綻というレベルの出来事ではなく、サブプライムローン問題を世界的な金融危機に発展させ、さらに逆資産効果と需要消失による世界同時不況に陥れる「引き金」となった出来事であり、世界の実態経済に大きな傷跡(負の遺産)を残すことになりました。

サブプライムローン問題とリーマンショック

2007年のサブプライムローン問題に端を発した米国の住宅バブル崩壊は、2008年の中旬になって広範囲の資産価格の暴落を引き起こしました。2008年9月15日に、金融業界の中でも特に大きなリスクを取っていたリーマンがチャプター11(米連邦破産法第11条)の適用を連邦裁判所に申請し、ついに破綻しました(負債総額が約64兆円という史上最大の倒産劇)。2008年3月にベアー・スターンズの経営危機に際しては、政府による救済があり、当時、マーケット(市場)では、大き過ぎるリーマンが見捨てられるとは全く思っておらず、この破綻が市場の予想外であったため、世界的な株式相場の大暴落が起りました(前夜まで続いた身売り交渉が頓挫し、政府は最終的に救済せず)。

そして、リーマンの破綻をきっかけに、第二のリーマンが現れて、欧米の大手金融機関の連鎖破綻が起こるのではないかという疑心暗鬼が市場に広がり、資金調達の場である金融市場が全く機能しなくなりました(金融システム不安から、国際的な信用収縮が発生)。このような危機的状況に対して、FRBを始めとした各国の中央銀行は資金を直接供給すると共に、欧米諸国を中心に大手金融機関に対して、公的資金を使って資本注入などが行われました(リーマンに続き、9月16日にAIGが危機に陥り、FRBが緊急融資を行い、政府の管理下で経営再建)。ちなみに、日経平均株価は、リーマン破綻から1カ月半で約4割下落しました。

リーマンショックを巡る主な出来事

|2007年8月|
仏大手銀行のBNPパリバが証券化商品の運用ファンドを凍結。

|2008年3月16日|
JPモルガンがベアー・スターンズを救済買収。

|2008年9月7日|
米政府が住宅公社救済策を発表。

|2008年9月15日|
リーマン・ブラザーズがチャプター11の適用を申請し、経営破綻(負債総額は6130億ドルと過去最大級の倒産)。

|2008年9月16日|
世界的な金融システムの大混乱を防ぐため、米金融当局がAIGの救済策を発表(FRBは事実上、公的資金を注入。当局管理下で再建を図るという異例の措置に踏み切った)。

|2008年9月18日|
日米欧など6カ国がドル資金供給策を発表。

|2008年9月20日|
米政府が大手金融機関を公的資金で救済する金融安定化法案を発表。

|2008年9月22日|
三菱UFJがモルガン・スタンレーへの出資方針を発表。

|2008年9月29日|
米下院で金融安定化法案が否決。ダウ平均が過去最大の777ドル下落。

|2008年10月3日|
米議会で金融安定化法が成立(最大7000億ドルの公的資金を投入)。

|2008年11月9日|
中国政府が4兆元(約60兆円)の経済対策を発表。

|2008年11月14日|
金融システムと世界経済の安定を図ることを目指して、初のG20サミットを開催。

|2008年11月23日|
米金融当局がシティグループの救済策を発表。

|2008年12月16日|
FRBが初の事実上のゼロ金利政策と量的緩和策を発表(政策総動員を宣言)。