欧州債務危機

読み方: おうしゅうさいむきき
英語: European Debt Crisis
分類: 金融危機

欧州債務危機は、「欧州ソブリン危機」や「ユーロ危機」とも呼ばれ、2010年代前半に起った、ヨーロッパ(特にユーロ圏)を揺るがした経済危機の連鎖をいいます。

ギリシャの財政問題に端を発した債務危機が、南欧からユーロ圏、欧州へと広域に連鎖していったもので、欧州の根本的な問題を露呈することになりました。

目次:コンテンツ構成

欧州債務危機の発生

欧州債務危機は、2009年10月のギリシャの政権交代を機に、同国の財政赤字が公表数字よりも大幅に膨らむことを明かしたことに始まりました。

当初は、ギリシャ危機のみでしたが、その後、アイルランドやポルトガル、スペイン、イタリアなどにも危機(債務問題)が飛び火し、さらには、欧州全体の金融システムまで揺るがす事態となりました。

当時、マーケットでは、債務問題の中心となった、ポルトガル(P)、アイルランド(I)、イタリア(I)、ギリシャ(G)、スペイン(S)の5カ国を侮蔑的な意味を込めて「PIIGS諸国」と呼んでいました。

欧州債務危機の背景

欧州債務危機が起った背景として、PIIGS諸国が、ユーロ導入後のソブリン債(国債)のユーロ圏のメリット(高い信用力)を享受する一方で、財政上の構造問題を未解決のまま放漫財政を続けたことがありました。

また、危機が中々収束しなかった要因として、欧州内部での危機の過小評価、関係国間の意見対立、対応策の小出し、意思決定の遅さ、ユーロ離脱の問題などもありました。

◎特にリーマンショック以降、世界金融危機や世界同時不況などで経済環境が激変する中、各国の構造問題が顕在化した。

ユーロ通貨政策金融政策は統合しても、財政政策は各国が主権を握る中途半端なシステムだったことも根本的な問題としてあった。

欧州債務危機の概況

欧州債務危機では、PIIGS諸国などの財政の持続性への懸念が金融市場で強まり、主に南欧諸国の国債利回りが上昇(価格は下落)し、また一部の国では資金繰り難にまで陥り、2010年5月以降、ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペイン、キプロスがEUIMFから金融支援を受けました。

当時、市場の不信感は、PIIGS諸国だけでなく、これらの国々の債券を大量に保有する欧州域内の銀行にも向けられ、2011年10月には、ギリシャやイタリアの国債を大量に保有していた大手銀のデクシア(ベルギー)が資金繰りに行き詰まって経営破綻しました。

<金融支援国の危機内容>

・ギリシャ:過大な財政赤字(前政権が粉飾)
・アイルランド:銀行危機と不動産バブル崩壊
・ポルトガル:景気低迷による財政赤字拡大
・スペイン:不動産バブル崩壊
・キプロス:銀行危機

欧州債務危機への対応

欧州連合(EU)では、危機の発生後、関係国の認識不足や不協和音などもあり、対応は後手に回り、何度も迷走しました。

最終的には、金融システムが揺らげば、危機がドミノ倒し的に深刻化する恐れがある上、単一通貨ユーロの信任も低下することを懸念し、2011年10月に欧州金融安定基金(EFSF)の拡充などの包括戦略で合意し、また欧州の恒久的な安全網となる欧州安定メカニズム(ESM)も前倒しされることになりました。

欧州債務危機の推移(時系列)

欧州債務危機は、ギリシャ危機から始まり、それが周辺国に伝播し、欧州を大きく揺るがしました。

・2009年10月:ギリシャの財政赤字の粉飾が発覚
・2010年05月:ギリシャの第一次支援決定、EFSFの設立合意
・2010年06月:EFSFの設立
・2010年11月:アイルランドの支援決定
・2011年05月:ポルトガルの支援決定
・2011年07月:EFSFの信用保証増額および機能拡充
・2011年10月:EU包括戦略合意、EFSFの支援能力強化
・2011年11月:市場圧力でイタリアのベルルスコーニ政権崩壊
・2012年02月:ギリシャの第ニ次支援決定
・2012年05月:ギリシャ総選挙で連立協議失敗、ユーロ離脱懸念
・2012年07月:スペインの支援決定
・2013年03月:キプロスの支援決定
・2013年12月:アイルランドが金融支援プログラムを脱却
・2014年01月:スペインが金融支援プログラムを脱却
・2014年05月:ポルトガルが金融支援プログラムを脱却
・2015年02月:ギリシャで反緊縮派の政権が発足、EUと対立
・2015年08月:ギリシャが第三次支援に合意し、危機回避
・2018年08月:ギリシャが金融支援プログラムを脱却

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